アメリカカリフォルニア留学記

インタビュー第6回は、ご両親の説得を続けながら西海岸で留学を続けられたMIE様にお話しして頂きました。アメリカらしい教育制度、留学生が抱える事情など、日本に戻っても色あせないご経験がいっぱいです。

千葉県在住 MIE 様(30代女性)

高校卒業後、7年間アメリカに留学しました。現在は日本で外資系企業に勤務し、半数を外国人が占めるプロジェクトチームの管理業務に携わっています。今回は留学の経過と、アメリカへの想いをお話できればと思います。

● 英語が苦手な私を変えた英語塾
子どもの頃から外国語への憧れがあったものの、あまり得意ではなかった英語の授業。中2の頃、友人が同じ学校の帰国子女のお母様が開いている英語塾に通わないかと誘ってくれました。自宅でアットホームな雰囲気で、少人数なので質問もどんどんぶつける事ができ、また時にはご自身のアメリカ生活の話をして下さったりして毎回塾に通うのが楽しみになりました。おかげでどんどん英語が好きになり、アメリカに興味を持つようになりました。3年生になった頃にはテストでは毎回、満点に近い点数が取れるようになったんです。

写真1 ▲はじめて語学留学した学校にて

●アメリカで、大学生活を送りたい!
高校2年生も後半に差し掛かり今後の進路を考えねばならない頃、真剣に「高校卒業後はアメリカの大学に通いたい」と思うようになりました。
英会話スクールに通い、アメリカのペンパルと文通を始めました。文通は、簡単な文章は書くことができるものの日本の文化についての説明や、自分が見た日本のテレビ番組の説明などをする事はとても難しかったのを覚えています。いつも辞書をひきながら書き上げたので、便箋1枚の手紙でもかなりの時間がかかっていました。英会話スクールでは、自分が話す際は伝えたい事の1%も話す事ができなかったと思います。
それに両親は私の留学には不安を感じていて、すぐにOKをくれる事はありませんでした。そのため、米軍基地へのホームステイを提案したんです。まず国内ならば…と承諾を得、沖縄のアメリカ人の家に10日間ホームステイ。ここでますますアメリカで生活をしてみたい気持ちが強くなりました。
そして1年間だけという約束で、やっとカリフォルニアのデイビスという町にある語学学校に留学。憧れが現実になり、不安よりも大きな喜びの中開始したアメリカ生活でした。

写真2 ▲ホームステイ先から引っ越して始めてルームメイトと借りたアパート

●語学学校から短大へ。そこで出会った優しさ
期限付きだった語学留学も、約束の1年が終わりにさしかかる頃、あまり英語が上達していない事、アメリカ人の友達もたくさんでき、何よりアメリカ生活が自分に合っていると感じ、なんとか両親を説得し、短大に通える事になりました。
日本にいる時は自分は英語が喋れると思っていましたが、実際はとんだ勘違いでした。短大入学に必要なTOEFLのスコアを取得し、そのタイミングで唯一まだ受付を行っていたナパバレーカレッジに入学しました。しかし学校はデイビスからは車で約50分かかり、毎日ひとりで車を運転し、高速道路も使っての通学には不安を感じていました。
学期が始まる前に授業料を払いに行った日、学生課の留学生担当者が私の住所を見て、「上司がデイビスに住んでいる、良かったら紹介してあげる」と言ってある女性を紹介してくれました。すると、なんとその女性の家は私のホームステイ先の4,5軒先だったのです。その方は「自分はいつも5時が定時だけど、良かったら私と毎日カープール(1台の車に何人かが乗っている事)しましょう」と言ってくれました。ナパバレーカレッジに通った1学期、私はその親切な女性の運転で毎日安心して学校に通う事ができました。

写真5 ▲サクラメントの観光地のひとつである「オールドサクラメント」

●4年制大学卒業を目指して
その後、サクラメントシティカレッジへ転入し、デイビスの隣のサクラメントへ引っ越しました。短期大学なので通常、2年か2年半で卒業する人が多いのですが、私はなかなか専攻を決めることができず、色々な学科を試してみたいと思い、4年間も通ってしまいました。ですが、私が通っていた頃は現地の人でも、私と同じような事をしていたり、経済的な理由で休学、復学を繰り返したりして、私の様に卒業までに3年や4年かかっている人が多く見られました。アメリカの短期大学(2-year college, community college, city college等と言われています)は日本の短大と違い、1年生、2年生の括りはありません。また、入学時に「自分はこの学科で入学します」という申請をする必要もありません(4年制大学は日本と同じ制度で、入学時に自分の選んだ学部に入学します)。私は4年間かけて幅広く様々な分野を学びながら、最終的には Language and Literature の専攻で短大を卒業しました。
その後、再度両親を説得し、4年制大学のカリフォルニア州立大学サクラメント校の3年生へ編入しました。大学ではコミュニケーションを専攻したのですが、家庭の事情で止むを得ず中退し、日本に帰国しました。将来、必ずまた学校へ戻り卒業したいと考えています。

写真5 ▲両親を呼んで一緒に旅行したグランドキャニオン

●日本もいい。だけどアメリカの国民性が、好き。
大学中退から日本に戻ってかなり経ちますが、アメリカで暮らしたいと思う気持ちに変化はありません。
生活の便利さの点では日本は大変住みやすいと思います。電車、バスなど公共の交通機関はきちんと整備されているのは素晴らしいと思いますし、コンビニで色々な物が購入できるのはとても便利です。また、日本は食べ物が本当においしいと思いますので食べ物に関しても日本の方が暮らしやすいと思います。
ただ、国民性などを考え、全体を見るとやはり、アメリカの方が暮らしやすいと思います。アメリカ人の、「自分の意見をきちんと持っていて、それを主張する事ができる」「弱い者にはやさしい」「職場では実力主義」「日本ほど、年齢だけを重視して人を判断しない」「他人の干渉はほとんどしない」といった国民性は私には合っていると思います。
そして留学中はグリーンカードがあれば学費ももっと安くて済むし、自分も働く事ができるので生活費位は自分で稼げるのになあ、と常に思っていました。アメリカの大学はOut of state feeなどと色々な名目で外国人から高い授業料を取っているので、アメリカ国民、グリーンカード保有者に比べると外国人は(当時)5倍近く高い学費を払っていました。
現在は家庭の事情も問題なく、当選すればいつでも渡米が可能。諦めずにグリーンカード抽選プログラム(DVプログラム)にチャレンジし続けるつもりです。

MIE様のアメリカ留学体験から、外国人の高額な学費問題や生活費のための就労問題など、グリーンカードがあれば一挙に解決できるメリットが詳細に伝わってきます。今後はハワイやシアトルなどでも暮らしてみたいそう。「アメリカの国民性が好き」というご意見には同意される方も大変多いでしょうね。
「日本が嫌いなんじゃない。日本のいい所もいっぱい知ってるけどそれでも自分にはアメリカの空気が合う」この想いをお持ちの永住希望者は多く、なんだかあったかい気持ちになります。

私が最も私らしくいられる場所。それが、アメリカ。

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